【新春スペシャル】キルケゴール哲学と経営(後編)
2010/01/01
(勝手に元旦の特別枠としたキルケゴール編の続きです。)
「何のためにがんばるのか」「自分を突き動かしているものは何か」・・・つかまる問いは人それぞれであると思いますが、答えは自分で出すしかありません。
書籍は参考にはなりますが、本当の答えは書いていません。書いているように思えても、やはりそれは「その著者にとっての答え」です。それなりに自分で納得できる答えを書籍のなかに発見しても、それは暫定的なものに過ぎず、自分の人生が変われば答えも変わってくるはずです。
経営もまたしかりではないでしょうか。
「○○社の成功の秘密」「□□氏の成功法」のような情報は確かに有益です。「主体性」と言っても、独りよがりになってはいけないし、間違った固定観念を持って導き出した答えは「自分の答え」かもしれませんがやはり間違っています。
それを前提にしたうえで・・・ですが、ヨソの成功の在り方は、どこまでいっても他人の真理です。自分(自社)はその他人(他社)の環境には生きていないし、能力も考え方も違う。
主体性という視点がないと、商品の偽装表示をしても、脱税をしても、従業員を不当な低賃金でこき使っても、「成功」という目的さえ達成できればいい・・・「儲かっているところはみんなやっているはずだ」ということになります。そういう企業の末路は、みなさんがこれまでご覧になったニュースの通りです。
これは私の感性に過ぎませんが、自分の会社の理想形をしっかり持っている経営者が好きです。
正確に言い直せば、過酷な生存競争のなかでも、自分の理想を見失っていない経営者・・・ですね。(最初から理想など持っていないという経営者は少ないと信じます。)
譲れない理想を持っている人、それを夢物語ではなく本気で実現しようとしている経営者には、神輿(みこし)を担ごうとする社員があらわれると思います。それこそが"人財"、会社の宝でありましょう。
「お金が欲しいなら働け」だけしか言わない経営者には、兵隊は「大将も俺たちと思考のレベルは同じだな」とみくびり、経営者の考え方・理想・目的のレベル(=会社のレベル)に応じた労働しかしてくれないでしょう。そうすると、そのレベルの人材(人罪?)がきっちり揃ってくれます。
自社が目指している誇り高き理想を示して、目標を達成する意義を理解させ、社員・従業員が安心して全力で働ける環境を整えてあげること、それが経営者にとって最大の、そして唯一の仕事と申し上げて良いかもしれません。
新年にあたり、自分が何をなすべきか、自分のために、自分の心に刻みつけるために今回のテーマを書かせていただきました。不遜な表現がございましたらご容赦ください。
「誰からも認められる真理(客観的真理)」よりも「自分の真理(主体的真理)」を求めることを訴えたキルケゴールに、私は今も魅かれています。
最後にキルケゴールの言葉をご紹介して、結びとさせていただきます。
つまり、私自身の使命が何であるかを理解することこそが重要なのだ。すなわち、神はこの私が何をなすべきことを欲しておられるのか、これを知ることが重要なのだ。私にとって真理であるような真理を発見し、・・・私がそれがために生き、そして死ぬことを心から願うようなイデー(理念)を見出すことが必要なのだ。いわゆる客観的な真理を見出しても、それは私にとって何の役に立つだろう。(中略)私自身と私の生活にとって、理論であるよりももっと深い意味をなすのでないならば、それは、私にとって何の役に立つだろう。
(『人生の知恵Ⅷ キルケゴールの言葉』大谷愛人訳編,彌生書房)
注)本文中の傍点は省略。( )内の注釈は荒木。
2010年の元旦に。
経営サポートグループ 荒木貴光


