勝負のこころ
2009/10/22
今回は情報というよりエッセイ(随筆)です。最初にご容赦を願います。
唐突ですが、私は、将棋の名人は総理大臣になるより難しいと思っています。
名人位がタイトル戦になって68期を数えますが、名人になった人間は12人しかいません。異常な少なさです。その名人位を18期も務めた大山康晴十五世名人(以下、大山名人)という方がいます。
(ちなみに今の羽生名人は名人位通算6期。)
私が思わずマーカーを引いた箇所の一部を列挙させていただきます。
プロの場合、「読む」というのは、切り捨てることである。だから、強くなるコツは、頭に浮かんだ手を、いかにうまく整理して切り捨てるかということにある。無駄なものを切り捨て、大事なものを残す。その残し方が大切である。
スランプかな、と感づくと、すぐに生活のゆるみがないかと反省する。
かりに、百の力を百十発揮したとする。それはすばらしい成績となって現れるが、つぎに百以下の力しか発揮できなければ何にもならない。
私は、良い手というよりは、悪い手を指さないように常に心掛けている。観戦記などには、「そのとき最善手をさせなかった」などという評が出るが、最善手というものは、いつもその辺にごろごろ転がっているものではない。
プロは勝った将棋は忘れてしまい、負けた将棋のことは覚えている。
〔以上、大山康晴著『勝負のこころ』(PHP)より引用〕
また、「盤上には40枚の駒があるが、35枚以上の駒が動かなければ名局とは言えない」・・・ということも書いています。
これについて、社員・従業員そして機械設備に器具備品、現金預金や有価証券、さらには社内の情報(ノウハウ)といった経営資源が十二分に働いてはじめて会社もイキイキと輝き出す・・・と置き換えて考えてみました。
「遊んでいる駒を作らない」ということは「遊休資産をつくらないこと」に言い換えられますし、それぞれの駒の機能を活かした働きができるように、社員・従業員の特性を見極めた適材適所を実行することである・・・と読み替えることもできます。
東北楽天ゴールデンイーグルスの野村監督にも数々の名言がありますが、何かを極めた方の言葉というのは、職業の垣根を越えて、心にズシリと響くものであると思います。
今回はこのような内容で失礼いたします。
長崎オフィス 経営サポートグループ 荒木貴光


